2005年11月27日

勿体無い話 雪国秋田の話

 半年お休みするタイヤの保存です。タイヤはゴムなので紫外線で劣化して硬くなったり古くなります。それで、日本酒の入った一升瓶みたいに陽が当たらない涼しいところにタイヤに囲いをして保存しています。長持しますね。
 ところが、何処の業者の方か知りませんが大量に預かったタイヤがお日様と雨風雪氷に加え線路のそばに保存しているのを見かけます。確かにアパート等ですと置くところが無いですが、業者は選びたいですよね。
それにしましても、ローテーションするには自分で交換しないと上手くいきませんね。

安いタイヤが手に入るか、少々高いが次の新調までの期間が長いのか?
そして、保存場所は?

三年毎にクルマを買い替える方には関係のない話ですけれど^^;
posted by 微笑 at 11:46| 秋田 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月26日

紅葉したツツジ 

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ツツジはツツジでも色合いが違います。
それが綺麗に感じますよね。
一様でないそれぞれの美しさ。

人もそうですよね。 でも、同じで安心するのは何なんでしょう。

終戦60年。テレビや新聞で振り返るチャンスがあり思い出しました。
学生時代に別役実や唐十朗、佐藤信の戯曲と言う狭い分野だけれどもその後に続く作家がなかなか出て来なかったが不思議でした。他の分野もそんな感じがして時代を調べてみましたら、素敵な作家やアーティストやお兄さんは、戦後のGHQが小中学校などの教育に関与している時代に児童教育時代をお過ごしです。

昭和29年に戦前のお役人がお役所にもどりました。
それ以来また、同じで安心する感覚が育っている様です。
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2005年11月25日

紅葉 秋田の話

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今年は山の色付きに冴えが無いようでしたね。透き通ったフルーティーな赤や黄色が少なく微妙なトーストブラウン。
写真は自分で刈り込んだツツジです。
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2005年11月24日

昔なじみ

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 二○加煎餅(にわかせんべい)です。小袋に入っていて食べやすかったです。お面も付いていて変らないのが嬉しいですね。味が好いのが何よりです。玉子が一杯入っているのですね。物心付いた頃の、父の九州土産でした。

お茶してきました。昔なじみです。厳しいお言葉頂きました。
本物を伝える事にルールはあるのでしょうか。
本物事体が知られていないので、難儀しています。

確かに結果を出さないと認められませんね。

二○加煎餅のウィンクした方は食べてしまいました。昔ながらのものも新しくですね。
デザインや食べやすさの心使い。
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2005年11月23日

凄い降り方です。アラレでしょうか? 秋田の話

 ポリカーポネイトのサンルームがうるさいです。
雷も近くですね。直ぐにパソコンの電気切りましょう。

今日は食品の買い出しに母と行ったら、久々に友人の奥さんにお会いしました。
上のお子さんが15ぐらいだと言うのに、余り変らないので嬉しいですね。

母は結構人見知りするのですが、話に入って来ました。
好い感じの方だと分かるのでしょうね^^

奥さんを何時までも若いままにする旦那は偉いですね。
若返りの妙法は僕も知ってはいますけれど
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2005年11月22日

タイヤを新調しました。そこで見つけた不安なニッポン

 今日はいいふうふの日だそうです。素敵な奥さんと連れ添っていらっしゃる方のところに行って来ました。
来月60の誕生日を迎えるサラリーマン社長さんのタイヤ屋さんで、社長さん自らタイヤの交換して頂きました。その間色々カタログやら見ていたのですが、壁に自作ポスターが書き込まれていました。以下のような文面です。

既存不適格.
NHK回転  ドアプロジェクト
気がついても何もしない国の為にならず
現在このくにには解決しようとするシステムはない
国の部署が無い
現在の法制度ではだめ
安全には金がかかるのでやらない
気がついた人々でやるしかない
責任追求
原因究明 の両方が必要
回転ドアの検証 三和シャタ 森ビル
        犯人探しで問題は解決せず
この国の今後が提起されている
脱輪事故は今後も続く 
・・・

何が言いたかったのかと伺うと、大型のトラックやバスは危険な車検制度のままで改善しないので事故が今後続く事が分かっているのに、霞ヶ関は東京基準で制度を温存させているそうです。
 今時の大型は100万キロ走るそうですが、車検で確認出来るタイヤの接続部分のハブの磨耗が認識されていながら車検が通るそうです。その為にタイヤが走行中に外れてしまう・・・

高層ビルの耐震不備も施工している人が気付きもしない、何の疑問も不安も言えない言わない人を造り出している国になり下がっています。
より善い道徳感や向上心を持って生きていくことが、馬鹿馬鹿しいなんて感じない人の育成が急務ですね。
 見えない世界を信じるとそこには、していい事と行けない事が感じられるので、お勧めです。

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2005年11月21日

秋田・市民のメディア研究会 11月例会でした

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 今月の例会は「メディアの現場訪問」でした。
「NHKあきた」で米村副部長さんに予定より時間を省いて頂き、説明や質問に応えて頂きましてね。その後、何方でも回れると言うスタジオ等の見学、帰りに風のハルカはがき頂きました。

見学後、サンパルにもどり本日の成果に付いて話し合い。なる程、人の数だけ質問の方向があって気が付かせていただけるものです。
今後もこのような機会を得ながら提案や改善を求めていければと思いました。
今日はメディアの会に新人さんが1人加わり嬉しいです。もっと、増えると嬉しいのですがね。第三月曜日の例会に御自分でサンパルに来れる方でしたら学生さんから高齢の方も参加できます。

 それにしましても、感動した事が一つあります。昭和48か49年の頃、通信制高校の教育テレビの30分番組があり、東高校の生徒40〜50人で出演しました。スタジオや局社が変らない大きさだったのです。そのスペースでハイビジョンの放送が収録されて編集して放送されているんですよね。白黒放送かカラーだったかも良く憶えていませんが、カメラは大きかったです。コードも太かったですしね。
10年前はハイビジョンもトラック一台の大きさが必要だったかと思うとコンパクトになりましたよね。ニューススタジオは思ったより狭いのでそれだけでもメディア・マジックみっけ。
家の編集機でもコードが一杯ですがそれをはるかにこえるコードの束です。それが良く掃除されていました。

新社屋が出来るそうですが、アーカイブス見れることと、正社員の女性アナウンサーの採用が受信料支払い条件ってどうでしょう^^
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2005年11月20日

アトリオン地下の催事場 秋田の話

 今朝は秋田市のアトリオン地下の催事場の、秋田県クラフト協会20周年記念 秋田のクラフト展 ーー木の器と豊かなくらしーー に行って来ました。丁度、大館の曲げわっぱ職人・栗盛俊二さん(栗久)にお会い出来ましたのが嬉しかったですね。
元丸屋のブログに記事にしますね。

 そして、奥のところの会場で、ねぶり流しの会(お酒造りの会)で御一緒した友人がいまして、第2回 秋田県の朝鮮人強制連行展 が開かれていました。

当時、236万5千人の朝鮮人が日本国内に連れて来られているそうです。
北海道と九州が多いようです。北海道は大学に任せて調べさせたそうですが、国は戦後、報告書を作っておらず秋田県は消失したというだけで調査はしていないとのこと。

中国人も連れて来られているのですが数字は別です。
 大館には連れて来られて花岡事件で亡くなった方々の慰霊碑があります。他にもあるのでしょうか?
大館の人は当時の政府管理者と違って連れて来られた方々に優しい思いがあった表れなのでしょう。作業の同じところにいた日本の御夫人の方が、この方達が食べていない事を知って、こっそり自分のおにぎりをあげたら、管理者に見つかってもらった人がひどい目にあった記載を前に見ました。政府から連行者の食費は出ていたのですが、管理者が食費にしなかったそうです。近くに住んでいた県民は複雑な思いを強いられていた事でしょうね。
これまで調べられている朝鮮人強制労働事業場は県内各地にあったんですね。73事業所ですって。
posted by 微笑 at 22:45| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月19日

友人のお子さんの子供の誕生日でした。

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今日は庭の改修工事で肉体労働でした。夜はお祝に…

gooはNTTなんだと言うのを全面に出すショッピングモールの企画に参加しようと準備していたのですが、ウインドウズだけのシステムを時期システムでも展開する事になりMacの元丸屋は参加出来そうに無いですね。どなたか、半年貸して頂けます?

ライブドアかgooのブログのテストした時、gooが重かったのもここいら辺の問題があったのでしょうかね。
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2005年11月18日

気のせいでしょうか

 気が付かないでいると気にならないのですが、なんだか変だな−って気になって来ました。
日本では先祖を敬います。社会的に地位のある方の御家族に関しましても周知していて家庭の団らんでも話題になったりします。結婚の話もちょっと自分たちも嬉しいとか、亡くなられたら御家族の事を想ってみたり、久々にテレビでお見かけすると、自分達の事を棚に上げて『ふけたね〜』最近この言葉が多いですね。自分の御先祖様でなくっても敬っているところがありますよね。

お相手が皇族の方々や政界の方々財界の方々芸能界の方々どなたでも、敬意をもって、または、ゴシップの真相も知らずに語られる事もありますけど、社会的約束事や犯罪を侵せば表には出て来れませんが、死者に対してはどうでしょう。
亡くなった方にまで罵声をあげる習慣は無い様です。
犯罪者に対して被害者が不快感や憤慨した気持をぶつける事の話ではありません。
靖国神社の話です。

戦死なさった大切な家族が不本意に祀られていて嫌だと言う方もいらっしゃるそうです。
敗戦で罰せられた人が一緒に祀られている事が問題と言う方や、その人と一緒に祀る事が重要とも聴きます。戦や災害等の事故で亡くなられた方々は慰霊碑があることで救われると聴いています。魂の救済が日本人にも大切なんです。

そこで、私の気になるのは、隣国の政治的地位のある方々の言う小泉首相に対しての批判が似ているのです。
宗教が違う事で自爆テロを起こしているリーダーたちのそれなりの理由に。
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2005年11月17日

分かている遺跡で2万年前 秋田の話

 米代川河口付近にある様です。秋田って県民の皆さんには知られていないようなんですが、とても古い歴史と文化がある様です。
先日の阿仁の学習会でも十和田火山噴火以前の文化が発見されていないものの、その後の復旧に関してこれ程たたらばの支援と開発が合った事は、其れ以前にここにそのノウハウが合った証であるに違いがありませんって個別にお話させて頂きました。
先生もその様に想って頂いていました。そこを多くの県民と日本国民が自覚していただければ、秋田ってすごい地域なんだって分かっていただけるでしょう。
そうすれば、人が集まってくる場所になって行きますでしょうにね^^
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2005年11月15日

紅白まんじゅう

今日は紅白まんじゅうが売られていたそうです。

御結婚を祝してですね。
36歳と言うのも話題でした。
素敵な表情でした、どうぞお幸せな御家庭になりますように。

来週のプロジェクトXは、プリンス自動車だそうですが、今日御乗りになったのが合併の際に共同で造った事になっている日産プリンスロイヤルでした。
今度新しいのを造る時は、二頭立て馬車の馬無しで、運転手と護衛があのスタイルで外で、遠くから天皇陛下皇后様が拝見出来る高さのあるスタイルが良いですね(^^)
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2005年11月14日

室町時代のつもりが平安だった遺跡 秋田の話

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 もうじき道路にして無くなってしまう遺跡です。秋田市の御所野のイオンの先に、ゴミ処理場があります。その先にあります踏み切りのところから見上げたところです。
「虚空蔵大台滝遺跡(こくぞうおおだいたきいせき)」のことです。写真は今年の初夏のモノです。

 此処に行って見ると、杭に室町遺跡後とあるのですが。今年の発表でここが平安時代の前九年の役から後三年の役のころの柵跡である事が分かったそうです。
此処は、その後東北の覇権を確立し、奥州藤原氏と関わりが深い場所出あった事を意味します。雄物川町の沼の柵や横手の金沢の柵に匹敵する場所が見つかった事になります。
そして、これまでの遺跡の発掘の常識を変える発見だったって事ですよね。

でも壊して道路にするそうです。

 この秋田で起った受験の歴史では源氏の話で終わっていますが、日本の女性が封建時代を体験して行くきっかけの出来事の証なのですが、誰もアピールがありません。勿体無い話です。
松田解子さんが何故秋田出身だったのかと想うとそんな時代の伏線があったのでは無いでしょうかね。
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2005年11月12日

縄文文化とハラッパが昭和と共にキーワード 秋田の話

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昨日のさきがけ朝刊にこんな記事を見つけました。
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秋田の美 自信持ちPRを

部内職員に異例の訓示

県産経労働部長 佐藤文一さんが「日ごろ外部で話している内容を職員に伝え、私と共通認識を持ってもらいたかった」と、「『秋田には何もない』と言わないでほしい。秋田の美しさを自信を持って外にPRしよう」などと訴えた。
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 そうなんですよね、秋田の素晴らしさを保存出来ないでいたりハラッパの空間がかろうじて残っている秋田をPRとアクセスと無料駐車場にトイレ等の設備で充分人が集まってくる環境が未開拓で、困った開発変型がなされてしまってることに気付いて欲しいですよね。

豊かな大地に隠れた遺跡や歴史観、昭和の風景が残されている内陸線周辺、終戦後稼ぎ捲った木工文化と技術の復活すべき伝承が後数年で出来なる事に気付き対応して欲しいです。

県としてなす事はいっぱいあります。目を覆うのはもう止めにして日本中にそして、世界中に誇れるんだってところに気付いて下さい。そうしないと、また無くしてしまいますよ。
国宝級の鏡が無くなっていますから、雄物川町の歴史的注目力がないですものね。

縄文文化とハラッパが昭和と共にキーワードになりますから、その視点で秋田を見てみたら見つける事がいっぱいありますよ。

長崎出身の佐藤さんって珍しいですよね?もともと東北の系図でしょうかね。
是非がんばって下さい。
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2005年11月11日

父の命日

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 10年です。父の自慢の母も元気を取り戻しました。
命日は身体に悪いからとなかなか食べさせてもらって無かった、すき焼きをする事にしています。僕らが食べ終わるまでなかなか席を経ちませんでした。そうなんです、おじや好きの親父でした。

 仕事につく時に(戦前ですけれど)カタカナの社名だと海外に行けると想って入社したそうです。学校で経済を学習していたのか、営業職では無く総務だとか倉庫に居て赴任地最後の秋田で営業職になった様でした。父が46歳の時で、サラリーマンが昭和の時代で面白い頃です。
 商品管理や流通で何処かの学者に研究会の論文を黙って使われた事があったそうです。
昭和50年代に倉庫を作りましたがいまだに改修が必要で無いらしいのでどうも本当のようです。当時から、異業種交流しては秋田県内を回っていた父でした。

 そんな父の思い出話で出てくるのは、終戦後のことです。二十代の父は母と結婚しての頃です。なんでも商品を作る材料を手に入れるのに買い出しに行くのですが、代金の支払いが現金だったそうです。銀行が機能していない時期があったのでしょうかね。今だと代引も個人レベルでできる時代ですけれど、当時は何でも大変だった様です。
 
半端な量で無い取引の為に代金をリュックに詰めて、九州から大坂まで1人で運んだんですって。
勿論現金です。列車の中は復員兵や買い出しの人で一杯で自分だけが中身を知っていたのですが、怖かったそうです。目的地の一つ前でわざと降りて、アタカも代金を持って支払いに来てるリュック持ちでは無いアピールをして、橋の上でたばこをくゆらせてから目的の会社にそれとなく入って入ったそうです。
今だとインサイダー取引になるような情報も世の中に見隠れしていたらしいのですが、きっとここはと想う会社は株価が上がるのが見えて面白っかったそうですけど儲かる手だてが無っかったのをぼやいていました。

 そんな父も晩年に病院で家族の方を呼ぶように言われた途端、私に色々昔話をしながら、柔道の先輩で誰が見てもおっかなく強よそうな人が、健康の不安を言われて青ざめたんだよな・・・などと言い出し、私にガン告知をさせないんですよね。ずるいですが、唯一私に甘えてくれたのかも知れませんね。何時も私が困らせていたのですから。
家族で一番身体が弱くってどうにもならない私が長男・次男に代わっての家族の代表にならざるをえませんでした。そばに居るのは母と私だけでしたからね。

そんな父も積極的病院の治療は副作用ばかりでもう嫌だから帰りたいと言うのでホームドクターの助けも頂き、自宅で静養しました。私のおまじないも効いて10ヵ月近く過ごせました。
畳の上で母に手を取られて逝けたのは、ちょっと羨ましい亡くなりかたですね。

 早10年。父を知る人も定年の時期だそうです。サラリーマンも新たな時代の今日ですが良い時代のサラリーマンの父でしたね。
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2005年11月09日

寒くなりました。 秋田の話

 昨日の風で、桜の紅葉した葉っぱが散っていました。
角館の紅葉した葉っぱはどうでしょうか、枝垂れ桜の紅葉ってどんなか楽しみなんですけれど、どちらにしましても葉っぱが残っていないと見られませんね。

イチョウの葉っぱは、しがみついたのか全部が全部落ちることなく多少は残りましたね。銀杏との関係でもあるのでしょうか。

八幡平に14cm大平山にうっすらと雪になりました。17日遅いそうですが寒さに慣れるまでは、ちょっとゆっくりテンポになりますね。

シケの為でしょうけど、スーパーのお魚が淋しかったです。
posted by 微笑 at 23:45| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月08日

風速35メートル 秋田の話

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昨日撮った近所の紅葉した木の葉はどうなったでしょうね。
県内では屋根の飛んだところや、怪我を為さった方もいらしたとか。

西から天気が変って行くのが常だと想っていますと、シベリアから冬将軍が来ると解らなっかったです。
縄文の時代から残っている言葉にはこの辺りの天候の表現があるそうです。
それに寄りますと、今日のような天候がわかって猟や海にはでなっかたんですってね。

方言に弱い私としましては・・・求むテキスト。
posted by 微笑 at 23:52| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月07日

立冬 秋田は暖かです。

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五年くらい前までの秋田は種苗交換会の頃にはみぞれが降り、七五三のお祝には粉雪が普通でしたよね。
今週は雪になるのでしょうか。
posted by 微笑 at 15:19| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北東北アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月04日

今日はどうした事だろう

ことごとく、IDとパスワードの確認を求められますが、合っていても進めないのです。良く見ると、パソコンの時間がが狂っていて、日付けを正したら進めたのですが、外のがまだ進めません・・・

雷さんがすごかったので何かあるのでしょうか。
posted by 微笑 at 23:45| 秋田 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月03日

秋田にはモノ作りの職人さんのDNAが脈々と続いています

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 今日、秋田県は森吉山ダム建設地地蔵岱遺跡の現地見学会と埋蔵文化財学習会に行って来ました。
写真はその帰りです。
ショックは現場報告会に参加の際、携帯から投稿したのですが、seesaaですから・・・

 学習会の払田柵跡調査事務所の 高橋 学 先生の話を聴いてから現場に行ったら良く解りました。
十和田火山の噴火(西暦915年8月17日)以前の様子がわかる胡桃舘遺跡の埋没家屋のカラーの写真が手に入ったそうで見せて頂き一層イメージが湧きました。

この土地にはモノ作りの文化を持った人々の土地であったこと、秋田に昔からモノ作りにたけた人々がその技術を生かして生計をたてていた歴史がある事を感じました。

秋田にはモノ作りの職人さんのDNAが脈々と続いていますね。�
posted by 微笑 at 23:45| 秋田 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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