2007年11月06日

若き日々を共にした友人との再会

この頃、似た様なことが続く。
若き私を知る友人知人との再会。

時に、夕飯の準備でスーパーを訪ねるとお互いに車を降りて入り口に向かう。
似た年頃同士で、思わず見つめ合い…

中学の同級生。


ハローウィンの説明でこの時期がキリスト教のお盆のような説明がありますが、確かに年一回の永眠者の会があります。そこで、私の隣に座っていたおじさんは…


102歳で先月なくなった父親の行事として帰ってきたのは、中学の同窓の友人でした。高校時代に共通の友人がいたので、私の当時のスタイルを思い出してくれました。黒一色の上下、肩から掛けた黒い袋、カメラ。豊かで長い髪の毛。
彼のお父さんは、当時の学生には存在感のあるお父さんでしたので懐かしかったですね。当人がお父さんにそっくりになっていました。



久々の電話は、大阪在住の友の帰郷に合わせ夜集まろうと…
この友人は、お父さんの三回忌だからと、一日早く帰郷した。二十歳の頃秋田を出る前に一緒に行動を共。何年か前、当時のリーダーの還暦祝いで会って以来。
お陰で、同じ街に住みながらも中々逢えない仲間との再会。一瞬で昨日も語り合っていたように時間を楽しめた。同い年だと三十年すぎて知る。顔を始め老け込むことがないばかりか、声に艶があった。

当時から、マメでかっこ良かった行動派は今ではエンターテイメントの管理職だとか…
また、先日の大イベントにも多くの友人が関わりがあったと聞く。


その当時、今を生きてきた十代の友人たちも今は、管理職が多い。それでいながら、お互いのリクエストは、非日常性と若い人の中に恋いせる程の人材の発掘。

明治の時代にも今を生きた女学生がいたと話も出た。いつの時代もきっと居るはずではないか。確かに、偽装でズルする生き方や、訳の分からない金額を請求しても仕事だとうそぶく人も居るかもしれないが。そんな大人はいつの時代も居なかった訳ではない。最近は直ぐばれる。昔ながらの生き方がスピーディでないかもしれないが間違いがないところは、大好きだ。

世間で壊し屋さんが話題だが、文化も壊す時代があった。ダダ捏ねて秩序が新しく構築していくと思っている。そこに、いろいろな個人的な都合が入り込むと多くの人が迷惑するだろう。与え合う大人の行動を実践して欲しいもの。

この何ヶ月かの夕日の光が強いのは、私の目が老化した為かと思っていたが、他にも感じている人がいる。私も未だ感性の何か知らを育てられますように…

地球の温暖化も自分の身体の様に感じる人が一人でも増えること。このことが大切と共感していければキット乗り越えられる時が来る。



みんなそれぞれに生きてきて、自分で選んできた道に不満を感じている様子は無かった。
posted by 微笑 at 00:32| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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